1992年、NLEAに伴ってFDAのサプリメントのラベル表示の規制がすすめられようとしていたこの時期に、
栄養療法を行っていたジョナサン・V・ライトのタホマ・クリニックに、武装したFDA職員が押し入ったことが
「ニューヨーク・タイムズ」に掲載された[5]。FDAはそこで使われている製品の安全性を懸念していたと弁解したが、
サプリメントが医薬品として規制されるかもしれないという世論ができ反対活動が起こった[5]。
1992年、『頭のよくなる薬』のジョン・モーゲンサーラーは『Stop the FDA:save
your health freedom』を
出版し健康の自由を訴えた。オリン・ハッチ上院議員は健康の自由法(Health Freedom
Act)の法案を提出したが却下された。
1994年、アメリカの連邦政府は「栄養補助食品健康教育法」(ディーシェイ、
DSHEA:Dietary Supplement Health and Education Act)を可決し、
サプリメントを「ビタミン、ミネラル、ハーブ、アミノ酸のいずれかを含み、通常の食事を補うことを目的とするあらゆる製品(タバコを除く)」と定義し、サプリメントにわかりやすいラベル表示を義務付けた。
アメリカ国立衛生研究所のODS(Office of Dietary Supplements) がDSHEAによって設置され、
サプリメントのデータベースの公開や、査読制度のある雑誌の研究をもとに有効性のあるサプリメントに絞って報告書「Annual
Bibliography of Significant Advances in Dietary Supplement Research」[8]を作成している。